アラサー高学歴ニートの軌跡

アラサー高学歴ニートが、日々の行動や考えを記すブログです。

サムライフラメンコ考察1「マリに込められた真の意図」

サムライフラメンコは、実に考察しがいのあるアニメでした。巷ではギャグアニメ、訳わからないアニメと捉えられているようですが、実は大変メッセージ性の強い作品です。当ブログでは、隠されたメッセージを考察していきます。

 

 

考察すべき箇所は色々あるので、まずはマリから。

 

マリの正体とは?

 

マリは、アイドルグループのリーダーとして活躍していた。一方で、フラメンコガールズとして、悪と戦う正義の味方でもあった。強力スタンガン内蔵のステッキや非凡な運動能力を持ち、初期ではマサヨシ以上の強さを誇っていた。

 

しかし、本当に正義の味方だったかは疑問だ。

 

街から悪を一掃する上でマサヨシ以上に貢献しているため、結果的には善をなしている。悪い奴の股間を必要以上に踏みまくるのも、確たる信念や過去の経緯があるならば「行き過ぎた正義」ではあった。しかし、「戦いはアート」以外に何の信念もなく、過去の経緯も一切語られなかった。マリの心中は、「戦いはアート。自分が目立ってナンボ。もっと言うと、憂さ晴らしがしたい。正義の味方を名乗れば、正義の名の元、悪い奴の股間を踏みまくれるし、それで称賛もされる。一石二鳥じゃん。」というものであった。

 

いじめの構図と同じである。

 

マリは、強力スタンガン内蔵のステッキや非凡な運動能力で悪い奴を倒していた。そして、 倒れて動かなくなっている悪い奴の股間を何度も踏みつけていた。以上が、正義の味方としてのマリの戦闘パターンである。

 

すなわち、

 

絶対的優位性および絶対的安全性をもって、瑕疵ある者に必要以上の制裁をする。

 

ということだ。まさに、ネットリンチの構図そのものである。ならばマリは、正義の名の下ネットリンチを行う者たちを具現化した存在とも言える。マリの職業はアイドルだから、そういった者たちを偶像化したとも言える。

 

マリに込められた真意

 

製作者は、ネットリンチをする者たち(ネット民)をある種理想化することで、何を意図していたのだろうか?

 

想定される視聴者(主にネット民)は、絶対的実力を以てならず者に制裁を加えるマリに自分にはできないことをやってくれたと感じ、何らかのカタルシスを覚えると思われる。

 

しかしながら、視聴者は悪い奴相手とはいえ一方的な暴力を行使するマリを見て、どこかしら違和感を感じるだろう。ひょっとしたら、マリの行動は一方的な暴力なのではなかろうかと。ただ、一方的な暴力をマリ以外の誰もが振るう可能性がある。

 

正義の名の下に行われる一方的な暴力について、視聴者に考えさせる意図はあったと思われる。作中でイラク戦争への言及もあったように、テロ国家?(悪い奴)への一方的な侵略(暴力)行為は許されるのか、という疑問も裏テーマとして隠されていたと思われる。

 

マリは正義の味方か?

 

マリはキングトーチャーから「君に正義を語って欲しくない。正義の味方として相応しいという理由で友人を助けるとは言ったが、本音では友人が自分の犠牲になってくれて安心している。」という趣旨で諌められている。

 

「戦いはアート」以外に、これといって正義の味方としての信念は無かった。信念がないゆえに、巨悪からはまともに相手にしてもらえなかった。信念なき故、正義と対立する悪にもなれなかった。本当のところ、マリは正義の味方失格であった。

 

マリだけが灰司の被害を免れた理由

 

マサヨシと共に戦った正義の味方はマリ以外、全員何かしら灰司の被害に遭っている。(灰司は悪として、マサヨシの味方つまり正義の味方を傷つけた。)マリも灰司の毒入りコーヒーを飲みそうにはなったが、番組関係者に声をかけられたことで難を逃れている。運が良かったとか、アイドルグループのリーダーだから、と済ませるのは簡単だ。しかし、マサヨシと共に悪と直接戦った者たちは全員何らかの被害に遭っていることを考えると、マリだけが無事だった真の理由が見えてくる。

 

マリは、作中では正義の味方とされてはいる。ただ、正義の名のもと、悪人たちの股間を必要以上に踏みまくった(しかも、憂さ晴らし以外には何らの信念も過去の経緯も皆無)り、自分を助けようとしてくれた萌を身勝手な理由で殴ったり、匿ってくれている後藤の個人情報をこっそり調べたり、と実際のところは正義の味方としての人格や信念に欠け、さらに言うと正義に対する深い考察や内省が微塵も感じられない。灰司の目には、それでもマリを正義の味方に見えてはいた。だから、毒入りコーヒーを飲ませようとした。だが実際は正義の味方失格だったため、直前で被害を免れたのだ。

 

マリだけが灰司の被害を免れたのは、製作者側の「マリは我々の定義では正義の味方失格だ。だから無傷だったんだよ。正義の実現には力が必要不可欠だが、強い信念や内省なくしては単なる暴力にもなりうる。」というメッセージに思える。

 

注)石原や今野は被害を免れているが、正義と悪との戦闘には無関係だった(非戦闘員だった)からだろう。